はじめに
ミステリを読み慣れた読者ほど、この小説には騙される。
「叙述トリック」の代表作として今も読み継がれる我孫子武丸の傑作、『殺戮にいたる病』(講談社文庫)。
あまりの衝撃に、読後はしばらく呆然とするか、思わず最初のページに戻ってしまう――。
そんな「一度きりの読書体験」が、この一冊には詰まっています。
あらすじ(ネタバレなし)
舞台は東京。連続猟奇殺人事件が世間を騒がせていた。
犯人と目されるのは、母親と二人で暮らす無職の青年・蒲生稔(がもう・みのる)。
美しい女性ばかりをターゲットにし、殺してバラバラにするという残虐な犯行を繰り返していた。
やがて、彼はある女性との出会いをきっかけに“普通の幸せ”を夢見るようになるが……。
物語は、稔の視点と刑事・犯行捜査の視点が交互に描かれながら進行していく。
そして迎えるラスト——
すべての読者の足元が崩れる瞬間が待っている。
この作品の魅力
🔪1. 本格ミステリの枠を超えた“犯罪心理の深淵”
本作は、単なる連続殺人事件の謎解きではありません。
読者は、加害者の内面に入り込み、彼の生い立ちや孤独、狂気を目の当たりにします。
「なぜ彼は殺人を犯すのか?」
「人間はここまで壊れてしまうのか?」
——そんな問いがページをめくるごとに深まっていくのです。
それでいて、物語全体は極めて冷静かつ緻密に設計されており、まさにサイコ・サスペンスと本格ミステリの融合といえます。
🧠2. 史上最強クラスの“叙述トリック”
何を語ってもネタバレになってしまうため詳細は伏せますが、本作の最大の魅力は、**「読者自身が事件のトリックに巻き込まれている」**という点です。
読者の「思い込み」や「当たり前」の認識を利用したこの仕掛けは、ミステリ史に残る名トリックと称されています。
読後、誰もがこう思うはず。
「やられた……!」
「まったく気づかなかった……!」
📚3. コンパクトな長編で一気読み必至
ページ数は文庫で300ページほど。
しかし、一度読み始めたら止まらない、圧倒的な読者牽引力があります。
日常描写から猟奇的な描写、捜査パート、そして最後の衝撃まで、テンポよく畳みかけてきます。
こんな人におすすめ
- 衝撃のラストを体験したい人
- 本格ミステリや叙述トリックが好きな人
- 精神的に重たいテーマにも向き合える人
- 道尾秀介『向日葵の咲かない夏』や乙一『GOTH』などが好きな人
- ただの“謎解き”では満足できないミステリ好き
注意点(読む前に知っておくと良いこと)
- 作中にはグロテスクな殺人描写があります。苦手な方は注意。
- 心理描写がリアルかつ重厚なため、読後に疲労感を覚える読者もいます。
- しかし、これらの要素があるからこそ、深く突き刺さる読書体験が得られます。
書誌情報
- タイトル:『殺戮にいたる病』
- 著者:我孫子武丸(あびこ たけまる)
- 出版社:講談社文庫
- 初版:1996年(文庫)/1992年(単行本)
- ページ数:304ページ(文庫)
- 備考:叙述トリック作品として多くのランキングで上位常連
おわりに
『殺戮にいたる病』は、ただの“ミステリ”ではありません。
それは読者自身を試す、極めて知的で、そして容赦ない文学的トラップです。
「読んだことがないこと」を羨ましく思える一冊。
もしまだ読んでいないなら、ぜひ静かな夜にページをめくってみてください。
そして、あなた自身がこの“病”にかかってしまうかどうか、確かめてみてください。
コメント